出た!ホシムクドリ出た!
1月10日夜、半田氏から電話があった。「全身に白班のある変な奴を見た。ホシガラスのような班があり大きさはヒヨドリかムクドリ程度。」翌日は残念なことに雨。傘を差して飛騨の森を重点的に探すが見当たらない。勤め人の私は涙を呑んで次の週末まで待つことになる。数日後再び電話があり「13日にも見た、まだいるよ。図鑑の写真を見るとホシムクドリそっくりなんだ」と興奮した様子もなく話す。東京弁なので驚いているのか平静なのか判断しづらい。大阪弁なら「あいつまだおるで!ホシムクちゃうか!」で重大さが伝わる。これでは気になって眠れそうにない。一週間も待ち切れないと、休んでしまった(こんなことで定年までもつか。鳥見人となった以上は平凡な人生は捨てている。鳥見道とは野鳥と死ぬことと見つけたり)。
ところがまた雨。天を恨んでも仕方がないがあまりにも不運。再び傘を差して出かけるが雨の中ではヒヨドリさえまばら。情けなくて鳥見道をやめようかと。
鳥運が悪いのかもしれないと不安な日々を過ごして迎えた次の土曜日、勇んで出かけたがそれらしき奴は影も姿も見えない。日曜日も同じ。こんな時に自分を慰める方法はいくつかある。手っ取り早いのは酒を飲んで寝てしまう事。ただしこの方法は酔いが覚めた後に余計に悲しくなる。そこで今回は次の方法をとった。「あの話しは見間違いでヒヨドリの変わった奴だ。彼もホシヒヨドリと冗談で言ってたくらいだから」と、珍鳥でなかったことにする。元からいなかったのだから見られなくて当然。辛くも悔しくもない。
1月24日土曜日早朝。重く垂れ下がった雲。時折ぱらつく雪がその後の出来事を暗示していたのか。気づくすべもなく私はいつものように園内を回っていた。飛騨の森に入って目にしたのはクスの太い横枝を歩く2羽の鳥だった。逆光気味の中で無数の白班があるように見える。ひょっとして奴かもしれないと順光に見える側に静かに急いで回った瞬間ドキッ。ただちにカメラを取りに走ったが戻って来たときには飛び去った後だった。
その夜は3秒間ほどの映像の記憶を何度も引き出しながら考え悩んだ。錯覚だったのか? そんなはずはない。あれはホシムクだ。見間違う鳥ではない。なぜ大阪城公園にホシムクが。興奮気味でなかなか寝付けず酒量が増える。
1月25日飛騨の森に直行。昨日見た場所。太陽の位置、人通り、枝葉の茂り具合、出た後の移動の方向予測と足場の状態などを判断して待つ位置を決める。
電池を新品に入れ替える。次のフィルムを出し易いようにしてポケットに準備する。回りは薄明るくなってきた、精神を統一して自然と対峙する。1時間、2時間、厳しい冷え込みに耳が痛い。時間が経過する。出た!ホシムクが出た!
《鹿児島の出水に日本で初めてホシムクドリが出たことがある。この鳥はヨーロッパを中心に分布を広げ、ついに日本までやって来たのだ。北アメリカにも侵入した上、増え過ぎて大規模な駆除が行われているほどだ。ちょうどこの時、日本に来ていたアメリカのバードウォッチャーにホシムクドリが出たよと話したら「すぐ、殺せ!」と言ったほどだ。しかし、珍鳥マニアにとっては休暇を取って鹿児島の出水まで見に行く価値のある野鳥などだ。》=(バードウォッチング入門:松田道生 山と渓谷社1991)
これは同書の珍鳥とはの項にあり、日本で初めてだったり、記録の少ない鳥だったら外国に多くても関係なく珍鳥とされるとの説明につかわれている場面である。
通勤時には必ず公園内を通って観察しながら行く、半田氏の日々の積み重ねが珍鳥発見の幸運につながった。ホシムク万歳。珍鳥万歳。野鳥人生万歳。
28号掲載の巻頭言より(1998年2月)